2011年7月13日水曜日

山本能楽堂ってどんなとこ?

大阪で歯科クリニックを経営されている医療法人真生会の福田真一先生は歯科だけにとどまらず、生活習慣病を直さなければ健康な体を手に入れることができないという信念から、「未病を治す」事に力を入れておられます。
そのためには、歯周病を予防して、二度とかからないように習慣化する事が大事なので、「医者と患者が共同で健康になる作戦、医患共同作戦」と銘打って、「11カ条」を提唱されています。
その一環として、ストレスコントロールの必要性から、心の健康も大事にされ、音楽や芸術にも造詣が深い先生です。
その福田先生の講演とサウンド・セラピー・コンサートを全国で開催されているアイカさんのコンサートを大阪でもやろうと思い、会場を探していたのですが、なかなか「これっ」というところがなく困っていました。フェスティバルホール、フェニックスホール、イシハラホール等、大阪にはコンサートホールはたくさんありますが、規模と趣旨から、会場を決めかねていました。

 アイカさんは伊勢神宮でもコンサートをやっておられるので、もしかして能楽堂でもよいかなと思って探したところ、山本能楽堂さんと出会いました。
能楽堂はすべて個人の持ち物だそうで、能楽師が自宅に舞台を併設して、能を披露して生計をたてるところから能楽堂が誕生したようです。

11月13日(日)13:30から山本能楽堂でサウンドセラピーコンサートを開催する予定をしていますので、山本能楽堂の下見をしに行ってきました。
地下鉄御堂筋線の本町駅から行きましたので、本町通りを松屋町筋を超えて二筋目を左折しました。その辻に写真の「パティシエPICCO」という店が目印になります。左折して一筋目を右折すると右手に山本能楽堂がありました。
よく考えてみると、谷町線の「谷町4丁目」の4番出口をでて、谷町筋を北上して一筋目を左折して進むと左手に見えます。こちらの方がずっと早かったです。

京都にも能楽堂は多いですが、大阪にもたくさんあったので驚きました。
能楽堂内は共通の仕様になっているようですが、楽屋の大きいのには驚きました。1階と2階の両方にそれぞれ3部屋づつあり、全部で6部屋が楽屋なのです。能の場合は出演者が多いからなのでしょう。舞台に上る時は白足袋を履かねばなりませんが、それ以外は意外と寛容なのには驚きました。いまから11月賀楽しみです。

全国目加田会 歴史研究会(2)

近江商品の街「近江八幡駅」をでると次は先祖決戦の地、「安土駅」に到着です。
安土は目加田氏が目加田城が築城していましたが、織田信長に明け渡しを命じられて、現在の地、愛荘町に移築したそうです。その後に、織田信長が天下統一の居城として「安土城」を築城したというわけです。 
 安土駅をでると近江商人の故郷ともいえる「五個荘」がある「能登川駅」につきます。ここは伊藤忠商事や丸紅の創業者である伊藤忠兵衛氏の生誕の地でもあります。
 能登川駅の次が「稲枝駅」です。目加田村、今の愛荘町目加田の最寄り駅となります。
ここからタクシーで10分で目加田公民館につきます。
 駅を出たところの風景です。いかにもローカル色豊かで、ほのぼのとしておりますが、タクシーが常駐している立派な駅です。
ここが、目加田公民館の前にある電柱で「目賀田城跡公園」と表示されています。
 歴史研究会の会場となる公民館です。

歴史研究会の風景です。前に見えるのは事務局長の北川雅巳さんです。 
映画「学校をつくろう」の上映会の説明をしている目加田宗彦さんです。
 右の写真の右の方が西澤輝雄さんで、目加田研究者として大著「目加田氏考」をまとめられました。旺盛な研究心に頭が下がります。
西澤先生の横に追われるのが愛荘町教育委員会 学芸員の齊藤慶一さんです。
写真左の方が当主筋の目加田匡夫さんで、御自宅には時の総理大臣 若槻礼次郎が編集した「男爵目賀田種太郎」という書物があり、家系図もきちんと整理されていると聞きます。復刻版賀出版されているので買い求めようと思っています。
ちなみに、若槻礼次郎は大蔵省主税局時代に
目賀田種太郎の直属の部下さったそうな。

全国目加田会の歴史研究会

「目加田」という珍しい姓をもつ一族が集まり、何かしようと5名の目加田さんが東京で発起人会を開いたのが1978年のことです。発起人の一人だったのが、私の高校時代の漢文の教科書を著者だった早稲田大学教授の目加田誠先生とか。
そして、1987年4月11日に全国目加田会「目加田の集い」が目加田生誕の地、滋賀県愛荘町 目加田公民館で開催されました。
私が初めてその存在を知ったのは1990年(平成2年)2月の第2回「目加田の集い」へのお誘いでした。当時は沖縄在住で、日程的にも無理があり、出席できませんでしたが、ずっと、記憶の片隅にありました。それからしばらく、案内もなく、どうなったのかなと思っていました。

縁は不思議なもので、京都の釈迦谷に事務所をおいたのが2007年8月。その時に、折に触れ交流のあった彦根市の目加田宗彦さんに挨拶を兼ねて会いに行きました。残念ながら、その年は全国目加田会のイベントは無く、翌年になるとのことでした。

事務局からの案内もなく、行きそびれていたところ、2009年5月に前職時に先輩だったパイイ研究所の廣森日出夫氏に誘われて京都泡盛同友会に参加しました。京都にいて「泡盛」と名がつくイベントに参加しないわけにはゆきません。泡盛=沖縄と京都が交流するイベントです。その事務局長兼世話人をやっておられたのが松田商事の松田明社長で、その奥様が目加田村の出身者だったのです。奥様が私の名刺をご覧になって、懐かしさのあまり、お電話をいただき、目加田会の資料もコピーして送っていただきました。聞くと、目加田村の事務局をなさっている方と幼馴染とか。

これは何かのメッセージとばかり、スケジュールをやりくりして、何としても参加しなければと思い、さっそく、2010年11月13日(土)~14日(日)の第12回全国目加田会「目加田の集い」に参加できたのでした。初めての先祖生誕の地、近江鉄道「豊郷駅」からタクシーで10分のところにありました。町村合併を繰り返し、今は愛荘町目加田となています。
初めてお会いするご先祖生誕の地で、本家筋、分家筋の皆様とどのような顔をしてお会いすればよいのか、とても緊張しました。よくよく考えてみると、自分の家系すらわかっていないのです。
また、新しい課題と出会い、探究心が頭をもたげて来ました。

今年は、2回目の参加なので、昨年ほどの緊張感もなく、顔見知りも増えて、精神的にも余裕が出てきました。今年はJRで行こうと思い、記念に京都から各駅の写真を撮りました。
 京都をでると最初の駅は「山科駅」(写真右)。ここは湖西線、敦賀からは北陸本線に接続しています。












山科駅を出ると「大津駅」(写真上)につきます。ここはもう滋賀県です。 
 大津駅の次は「膳所駅」(写真右)です。これで「ぜぜ」と読みます。
 膳所駅をでると「石山駅」(写真左)です。石山寺で有名です。石山駅の次は瀬田の唐橋で有名な「瀬田駅」ですが、カメラのシャッターチャンスを逃して、写真は取れませんでした。
 瀬田駅を出ると「南草津駅」(写真右)です。当然次は「草津駅」となるのですが、これまた上手くタイミングが合わず、写真は有りません。草津駅は東海道五十三次の五十二番目の草津宿で有名です。 
 草津駅をでると「栗東駅」(写真左)。栗東は競走馬を育てる場所というイメージがありますが、駅からはその気配は有りません。
 栗東駅の次は「守山駅」(写真右)です。守山はほたるで有名で、ほたるの森には一度行ってみたいものだと思っています。












  ほたるの守山駅をでると「野洲駅」(写真上)です。ここに昔はIBMの野洲工場があり、就職試験を受けに来た記憶がありますが、当時はとんでもない田舎だと思っていましたが、今では大阪から新快速で1時間圏内の便利なところです。野洲駅をでると、電車の本数も極端に少なくなり、30分に一本程度になります。

野洲駅をでると「篠原駅」(写真上)ですが、このあたりから一気にローカル色が出てきます。

「近江八幡駅」(写真左)です。三井アウトレットパークにはこの駅からが近道です。






絵の審査員をやりました

6月28日にベトナム ホー・チ・ミン市から那覇空港に帰国し、その夜は那覇で泊り、その翌日、大阪に向かいました。今日は顧問先での絵の審査員をします。何の絵かというと、「10年後の会社像」を社員全員が絵に描くのです。一人何枚でも応募できるとあって、5点近く出品している社員もいました。全部で122点もあり、その中から選ぶのはなかなか大変です。
審査員は4名。責任重大です。「なんでこの絵がグランプリなん?」とか言われそうで、社員の目を気にしつつも、そこは経営コンサルタント、選んだ正統性を主張しつつ、他の審査員の意見に「なるほど」と納得しながら、3時間近く、議論して、なんとかお役目を果たすことができました。 
果たしてグランプリの行方は? 
どの絵も力作で、素晴らしかったです。ここまで社員を乗せる社長もまた素晴らしい。とても楽しい時間を過ごすことができました。顧問先の社長をはじめ、社員の皆様、ありがとうございます。

これだけの出品があったのだから素晴らしいですね。

2011年7月5日火曜日

ベトナム・ホーチミン市

6月25日~28日までベトナムはホーチミン市に行ってきました。
ホーチミン空港の玄関です。なかなか立派なものです。
 
ベトナム名物、バイクの集団。どこに行くのか、あてがあるのかわからないが、2人乗り、子供を挟んで3人乗り、前を後ろに子供を乗せて4人乗り、大きな荷物を持ってバイクに乗っている。大きな箪笥のようなものをもって乗っている。前髪なくて怖くないのだろうか?

道路の至るところが店になり、キッチンになり、椅子をおけばレストランになる。本当に便利だが、これでスコールが来た日にはどうするだろうと思っている、本当にすごいスコールが降ってきた。



 公共の建物はやはり、社会主義国だけあって赤の旗やのぼりがとても多いのが印象的でした。
 サイゴン陥落時に戦車が入ってきた公園です。サイゴン(アメリカ軍)はハノイ(ソ連)に敗れたこと人じゃります。
 これは子ども病院です。ベトナムでは看護師の数が少ないため、看病するのはもっぱら親の仕事になります。このときは土曜日だったので、両親が子供と一緒に遊んで、昼寝していました。
どこの国も、親は子供を大切にしているなあと感動しました。
 町のあちこちにあるロータリーです。
 韓国企業が建設中の近代的なマンションです。住宅事情を把握する意味でマンションのモデルルームに冷やかしで行ってきました。

 熱心にマンションの説明をしてくれています。








6月の出来事(2)

6月20日から始まる週の出来事です。
この週はとても忙しくて写真をとる時間がありませんでした。
早朝に釈迦谷を出て、大阪で仕事をした後、夕方の便で沖縄に移動しました。
翌朝も早くから顧問先の会議に参加して、事務所で来客を迎えて、また顧問先へ。4日ほど同じパターンで仕事をし、京都に移動して、京都泡盛同好会の幹事会に参加しました。今年の京都泡盛同好会は10月21日(金)夕方、京都全日空ホテルで開催されます。是非ご参加ください。模様し内容は企画中ですが、かぎやで風あり、エイサーあり、民謡あり、舞妓さんあり、ゲームあり。なかなか楽しいひと時を過ごせます。
週末から神戸空港から沖縄を経由して台北を経由してホーチミンに初めて行きます。
この日は台風が沖縄を直撃して、予定便が欠航して、大変でした。

6月の出来事(1)



6月13日から始まる週の出来事です。
沖縄の自宅から出たところに可憐に咲いていたさんにん(月桃)の花と実が愛らしい。月桃の葉は防虫効果があるので建材を始めさまざまな商品に利用されているとか。

事務所の掃除が終わり朝礼に入る前にベランダに出ると、昨年いただいた蘭の花が今年も咲いてくれました。

 これもいただいた蘭の花です。普通は上手く世話ができなくて枯らしてしまうのですが、今年はたくさんの花が咲いてくれます。
毎月お稽古に通っている沖縄の茶道の先生の道具の一部です。お茶を飲むのは好きですが、点てるのは正座が続かず、なかなか苦痛です。正座しなくてもよいお点前ができるといいなと思っていましたら、家元様が現在考案中とか。楽しみです。
 道具を見る目を養うには本物に触れ、見て、体で覚えるのが結局一番早いようです。
 今日の掛け軸は何と読むのか、聞いておくのを忘れてしまった。
 釜のお湯を捨てて釜の底を見ると、なんと模様がついていました。お茶は本当に奥が深いです。いつも修行です。


大阪に戻り、歯科医院の全スタッフで宿泊研修です。日頃から患者様の評判画すこぶる良いスタッフで何事にも積極的に取り組む素晴らしい人たちです。さすが、医療人。 
研修の楽しみは何と言っても食事。これは夕食の準備中の風景。このあと、スタッフのおおはしゃぎの食事が始まりました。